
カウンターで「昆布〆です」と置かれた白身の握りは、見た目からして少し違います。身はわずかに飴色を帯び、表面にしっとりとした艶がある。口に入れると、生の白身にはなかった粘りと、じわりと広がる旨みに気づきます。
昆布〆は、派手な仕事ではありません。魚を昆布で挟んで、待つ。それだけです。ただ、その「待つ」のあいだに、身の中ではいくつものことが起きています。
昆布で挟むと、身の中で起きること
ひとつは、水分が抜けることです。乾いた昆布は、触れている身から水を吸います。水が減ると身は締まり、味が濃く感じられるようになります。
もうひとつは、旨みが移ることです。昆布にはグルタミン酸が、魚にはイノシン酸が多く含まれています。この二つは、重なると旨みを強く感じさせる組み合わせとして知られています。昆布〆がただの「昆布味」にならず、魚そのものがおいしくなったように感じられるのは、このためです。
そして食感。水が抜け、昆布のぬめりをまとった身は、歯を入れるとねっとりと舌に絡みます。噛むほどに味が出てくる、あの感じです。
なぜ、白身に使われるのか
昆布〆にされるのは、平目や鯛のような白身が中心です。
白身は、脂が少なく、味わいが淡い魚です。生のまま握れば、その繊細さを楽しめる。いっぽうで、淡いぶん、シャリや煮切りの味に押されやすい面もあります。昆布で〆ると、身に厚みのある旨みが加わり、握りとしての輪郭がはっきりします。
脂の強い魚は、もともと味の主張がしっかりしています。昆布の旨みを足す必要が小さいので、昆布〆にはあまり向きません。
〆る時間で、味は変わる
同じ魚でも、昆布に挟んでおく時間で仕上がりは変わります。
- 短い時間なら、身は生に近く、昆布の香りがふわりと添えられる程度
- 長く置けば、身はねっとりと締まり、昆布の旨みが芯まで届く
どこで昆布を外すかは、魚の種類、身の厚み、その日の状態を見て決めることになります。
R-30 hizenでも、昆布〆は握りの仕事のひとつです。隠し包丁、煮ツメとならべて、手間を惜しまない仕事に数えています。どんな考えで握っているかは、鮨と料理のページに書きました。
白身の旬は季節で移っていくので、秋から冬にかけての魚の話とあわせて読むと、昆布〆が出てくる時季も想像しやすくなります。
もとは、魚を持たせるための知恵
昆布〆は、はじめから味のための仕事だったわけではありません。
冷蔵の設備がなかった時代、水分を抜くことは、魚を長く持たせるための手立てでした。塩をあて、昆布で挟めば、身は傷みにくくなる。おいしくなるのは、その副産物だったといわれます。
昆布〆の文化が根づいた土地として知られるのが、富山です。かつて北海道の昆布は、北前船で日本海沿いに運ばれました。昆布がふんだんに届く土地で、獲れた魚を昆布で挟む食べ方が広まった。国内の昆布の大半は、いまも北海道の海で採れています。北の昆布と白身の魚は、昔から縁の深い組み合わせです。
保存のための仕事が、いまは旨みを引き出すための仕事として残っている。鮨には、そういう仕事がいくつもあります。
握りで出合ったときの味わい方
昆布〆の握りは、何も付けずに出されることが多い握りです。煮切りが塗られていたり、塩と柑橘が添えられていたりと、仕上げは店によって違います。出されたままを、まず一貫。
お酒は、米の旨みがしっかりした日本酒がよく合います。昆布の旨みと酒の旨みが、口の中で重なります。合わせ方の考え方は日本酒とワインのページにまとめています。
もっとも、昆布〆の握りに出合えるかどうかは、その日の仕入れ次第です。おまかせの店では、入る日も、入らない日もあります。置かれた一貫が昆布〆だったら、その巡り合わせごと味わってください。
おまかせがはじめての方は、おまかせ寿司の楽しみ方と、苦手なものの伝え方を先に読んでおくと、当日を気楽に迎えられます。